特 集
小泉製麻の商品開発
「虫との付き合い方を考えるIPM(総合的病害虫)資材」
小泉製麻株式会社は、大学研究機関や自治体と連携することで専門的知見をもとにした商品開発に取り組んでいます。近年ではIPM(総合的病害虫管理)に向けた新しい資材開発にあたり、農業試験場や篤農家さまからご協力をいただいています。IPMとは化学農薬だけに頼ることなく、防虫ネットや天敵といった農薬以外の方法をできるだけ利用して病害虫の発生を抑制しようとする手法です。
今回はIPM資材開発にご協力いただいている、兵庫県立農林水産技術総合センター・八瀬主席研究員にこれまでの開発協力や今後のIPM資材に求められることを伺いました。
できるだけ虫を殺さず、農作物を守りたい。
― 八瀬さんのご専門は「害虫防除」ということですが、「害虫」とは八瀬さんにとってどのようなものでしょう?
田舎で生まれ育ったこともあって小さいころから日常的に野山で遊んでいて、昆虫の存在も当たり前として受け入れていました。そのうちに昆虫やそのバックグラウンドである自然について深く知りたいと思うようになり、大学では農学部に進み応用昆虫学を専攻しました。
農業と昆虫は切り離せません。作物を栽培するということは、それまで野生の植物を食べていた昆虫たちに贅沢な条件で食料を増やすことでもあるのです。本来の自然界ではあたり一面同じ植物という環境はありません。田んぼや畑を作ることはかれらにとっては広大なエサ場の出現にほかなりません。また、農作物はわたしたちが食べやすいように甘く柔らかく等々、改良が加えられているのでさらに好都合なわけです。「あなたが作れば彼らはやって来る」。これはこれで自然の摂理です。
安定した食料生産を支えるため、病害虫を防除する化学農薬が果たす役割はたいへん重要です。しかし、「害虫」がわたしたちの行為で生まれたものだと考えると、かれらを一方的に排除してしまうのはフェアではないなと。昆虫を相手に平等を説くのも変に思われるかもしれませんが、もともと昆虫が好きだからこの仕事を選んだこととも矛盾しますしね。なので、「できるだけ虫を殺さない」ことを心がけて、農業生産を確保しつつ昆虫との付き合い方を探ることを私なりのアプローチにしています。
IPM(総合的病害虫管理)とは。
― 「昆虫との付き合い方」とIPMの関係について教えて下さい。
昆虫との付き合い方を考えるには、まず「虫の気持ち」になること。そのためにはかれらの行動をきちんと観察することが必要です。例えば「エッジ効果」と呼ばれるものがあります。普段意識していないと思いますが、わたしたちは視界に入るものを頼りに位置を認識したり進む方向を決めたりしています。昆虫も同様に空間に存在する色彩や明暗の境界(エッジ)をランドマークとして利用していて、結果としてそこに集まるように見えるのが「エッジ効果」です。この原理を捕虫シートに利用すると『誘引効果』の向上につながるのです。逆に、どのような条件だと昆虫は行動しづらくなるかを考えることは『忌避効果』につながります。
昆虫の行動に疑問を持ち、われわれの行動と重ねてみることが「虫の気持ち」の科学的理解となり、IPMへの応用につながります。
― 小泉製麻の資材開発に協力し始めたきっかけは?
「農業×工学」をテーマにした研究会がきっかけで小泉製麻の開発担当者と出会い、「光反射資材で害虫防除ができないか」と相談を受けました。この分野の技術は既にいろいろ実用化されていたのですが、ユニークな資材だったので興味を持ちました。兵庫県の地元企業との連携を大切にしたいという想いもありました。
― 「光反射を使った害虫防除」とはどのようなものでしょうか?
畑にキラキラした紐が垂らされているのを見たことがあると思います。これは害虫防除の教科書にもよく載っている視覚錯乱による防除方法の一つです。姿勢を保つ、バランスをとるという動作には視覚からの情報が多く使われています。わたしたちだと、体力測定でよくやらされる片足閉眼立ちの時にそのことを感じますよね。飛んでいる昆虫は上方から来る光を基準に姿勢を制御していて、その方向が狂うと正常に飛べなくなるというわけです。これも「虫の気持ち」で説明しています(笑)。反射光で昆虫の飛行を錯乱させる原理は古くから知られていましたが、その様子を撮った映像となると少なくとも私は見たことがなく、そういう点ではほんとうなのか半信半疑でもありました。それが、開発途中であった「虫フラッとシート」の効果検証に協力する中で、飛行中の昆虫が床面に敷いた資材上で落下する瞬間を映像でとらえることができ、ようやくスッキリしました。
協力開発したIPM資材
害虫忌避シート「虫フラッとシート」
― 「虫フラッとシート」の良さとは、どのようなところでしょうか?
まず紫外線域の反射性能の高さでしょう。「虫フラッとシート」は光の波長でいうと300ー400nm(ナノメーター)の反射率が70%以上あります。この波長帯は、わたしたちに見えている波長帯(400ー700nm)より少しだけ外れたところのいわゆる紫外線なのですが、昆虫は姿勢制御に用いているといわれています。白色であればどの資材も高い反射率を示すと思われがちですが、わたしたちには紫外線が見えないので見た目だけではわかりませんし、実際のところ「虫フラッとシート」のように紫外線域に高い反射性能を持つ資材は少ないのが現状です。
次に高い耐久性ですね。踏まれる、引っ張られる、風雨炎天に晒される、生産現場は過酷です。「虫フラッとシート」の耐久性は防草シートに匹敵するということなので、長期的使用にも応えてくれそうですね。織物ということで、泥汚れ程度であれば水洗いでかなり落とせます。私も実際にやってみて驚きました。農業資材としてコスト面での有利さを感じます。
粘着シート「虫ペタッと大判粘着シート」
― 2021年に新発売された「虫ペタッと大判粘着シート」の開発にもご協力いただきましたが、当初から「期待」のようなものは感じられていたのでしょうか?
第一印象はその見た目から「ブルーシートのような資材に糊をつけただけかな?」でした。丈夫さは感じたものの、誘引性能については全く期待していませんでした。ところが、試験してみたところ他の商品よりも結果がよくて正直驚きました。その理由をあれこれ考えるうちに、「織りもの」になっていることがポイントだろうということになりました。
このシートではタテ糸とヨコ糸の重なりが不規則な透光性の違いを作っています。これを空間に設置すると、透過光による濃淡のコントラストが生じてエッジ効果を示すというわけです。また、「織りもの」に特有な表面の凹凸構造が作る立体的なコントラストもエッジ効果を発揮していると考えられ捕虫シートでは今までになかった商品となりました。
他にも丈夫さや、粘着面を剥離紙タイプにすることで使用時の簡便性や工夫(両面使用・片面使用・部分使用など)ができることも「虫ペタッと大判粘着シート」の魅力ですね。
害虫防除の農業資材に今後求められること。
― 今後のIPM資材に求められることはどのようなものだと思いますか?
IPMという言葉が生産現場で広く使われるようになってから20年以上が経過しています。言葉は一人歩きして広まりますが、今ではそれぞれの現場の解釈でIPMへのアプローチがあって、私はこれを「ご当地IPM」と呼んでいます。共通しているのはやはり農薬の使用を減らしたいということでしょうか。
農薬の使用を減らすには、まず農薬の使い方が上手くなければなりません。一見矛盾するようですが、農薬というストッパーが信頼できればそれだけ攻められるということです。IPMの考え方は、必要最小限の農薬使用を目指しているのであって、農薬そのものを否定しているわけはありません。IPM資材に求められる基本的な役割は、病害虫の増殖にブレーキをかけてできるだけ農薬を使う機会を与えないことですが、いざ農薬を使うときにはその邪魔にならないこと、効果的に背反しないことも大切です。
IPMでは複数の資材が併用される場合が多くありますが、単独でも併用でも、使い方の柔軟性が高ければメリットも大きいと思います。
少し異なる観点ですが、資材のポテンシャルを最大限に引き出すために、利用される方にその資材が効果を発揮する仕組みを理解してもらうことも重要だと考えています。あとは、たまに「害虫」を観察して「虫の気持ち」になっていただければなお良いかと思います。